日本橋人妻風俗で働く元お嬢様

私は東京で生まれ父親は貿易商・母親はピアニストという裕福な家庭で、家にはピアノやお庭がありまるで少女漫画にあるようなお城みたいな家に住んでいました。そして家があるのは白金という同じようなお金持ちの方が多く住んでいる閑静な住宅街。そんな家庭の中で3人姉妹の次女だった私は、私立の女子校に通いまさに箱入り娘のように大切に育てられました。幼少期は学校に行ってお嬢様が揃った学友の中で勉強し、家に帰ってきたらピアノや書道など様々な習い事をこなします。そして週末などは両親の友人や近所の人などとホームパーティー。ドレスを着た私はときにはピアノを披露し、ときには姉や学友と一緒にダンスを踊るといったことをしていました。パーティーに参加する人は当然ながらお金持ちのお坊ちゃんやお嬢さんがほとんどという、上品でセレブな雰囲気に包まれた環境。上品な言葉遣いや社交界の礼儀作法などは、こういったパーティーに参加したり日常生活の中で自然と覚えて行ったと思います。

中学校に上がるとピアノだけでなく楽器ではバイオリン・お稽古では茶道を習い始め、週末には父の別荘へ行き乗馬を習うということもしてきました。また学校の部活動では新体操部に所属。私の母は教育に厳しく、それでいてその子が持っている才能を見抜くのが上手かったため、その頃から私を含め姉妹3人の特性を考えた教育を行っていました。例えば私の姉はピアノの才能にあふれ、小学生の頃からコンクールでもしばしば優秀な成績を収めていたこともありピアノに特化した教育を。その結果姉は現在プロのピアニストとして海外をまたにかけて活動し、フランスやオーストリアなどヨーロッパにおいても高い評価を得ているようです。そして字がうまい妹にはスポーツや音楽をさせずに書道の世界で著名な先生に付かせ、毎日何百回と習字を繰り返させていました。そして妹は現在プロの書家として活動し、書道パフォーマンスをする傍ら書道教室の先生もしています。
そんな優秀な2人に比べ私はピアノ・書道ともに才能がありません。しかし新体操を行ってきたため身体のバランス感覚や柔軟性があり、スポーツ分野で将来活躍できるようにと乗馬や新体操をやらせました。ただ私は2人に比べるとこの分野で誰もが認めるような圧倒的な才能があるという訳ではなかったため、一般でも生きていけるようにと礼儀作法なども教え込んだのです。そのような生活を送ってきた私は、家でも学校でも勉強や習い事を行うだけなのでちゃんとした友人というのは出来ませんでした。いたとしたら学校で同じクラスや部活動だった学友くらい。そのため外の世界をあまり知ることなく中学時代を送っていたのだと思います。大学の付属中だったため高校もその付属高へ進学。そこはお金持ちのお嬢様ばかりの女子高でした。
そういった経験も日本橋の人妻風俗嬢として活かされています。